KAGETOHIKARI
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隈氏に「ものづくりの極致」と言わしめた「カゲトヒカリ」が誕生まで要した時間は約3年。そこには、どのような気づきの連続があったのだろうか。隈研吾氏、サンゲツ代表取締役の安田正介商品開発を担当した風間大樹が制作過程を振り返り「カゲトヒカリ」の展望を語り合う。「ヒカリ」よりも先に「カゲ」がある隈 壁紙も床材も、もちろん普段はカタログから選んでいます。でも、欲しいと感じるものがないと思うことはよくありました。だから今回、お話をいただいたときは、自分の理想の材料をサンゲツさんとつくらせていただけるなんて、夢みたいな機会だと感じました。内装材を選ぶことは、建築設計においてとても重要なポイントです。だからこそ、僕もスタッフに任せず必ず自分で決めるようにしています。たくさんのサンプルを集めて決めていく瞬間は、一種のセレモニーみたいなもの。その時に、建物に命が吹き込まれるくらいの重要な時間なのです。安田コラボレーションを快諾していただいた後、私たちはいろいろと悩み考えました。隈さんは、自然素材の美しさをうまく取り入れられて、経年変化によるうつろいを重要視されている。その一方で、サンゲツは塩ビやナイロンなどを用いて、お客様が求める耐久性や長寿命性のある商品を作り出してきました。プロジェクトをはじめるきっかけとして社内で議論し、行き着いたのが谷崎潤一郎が書いた『陰翳礼讃』でした。そして、その中で出てきたのが、影の中での光の「移ろい」「揺らぎ」「重なり」「奥行き」といった言葉で表現される世界でした。この切り口からであれば、私たちは新しい壁紙、床材づくりにチャレンジできるかもしれないと考えたのです。隈 『陰翳礼讃』の話が出たとき、嬉しくなりました。僕はこれからはマテリアルの時代とよく言っています。マテリアルをどう仕上げていくかは、影と光を考えることなのです。マテリアルが強く主張するのではなく、マテリアルと影と光が、相互に会話をしながら全体の味を出していく。ずっと思ってきた、日本人らしいマテリアルの使い方で、日本古来の美しさを建築の中に表現することを、サンゲツさんと一緒にできると感じました。安田 「カゲトヒカリ」というネーミングは、陰影をテーマに隈さんと対話を重ねていく中で、紡ぎ出されていった言葉でした。「光と影」ではなく、「カゲトヒカリ」です。隈煌びやかさを重視するヨーロッパでは、「ヒカリ」のほうがよく取り上げられています。でも、日本人にとっては「カゲ」の方が大切。そこには仕組みが隠れている要素、人の興味をそそるきっかけがあるからです。今回のテーマとして「カゲ」が先にあるというのが、おもしろいと思っていました。オノマトペが使い手の想像をかき立てる安田「しゃらしゃら」「もわもわ」「つぶつぶ」といったオノマトペを頼りに各商品をデザインしていきました。そして、最終的なネーミングとしても使わせていただきました。隈「カゲトヒカリ」とは、ある種の自然現象です。この自然現象の状態を表す言葉として、オノマトペほど繊細に状態を表現できる言葉はありません。例えば、振動の柔らかさと硬さを同時に表現できる言葉なんて、西洋由来のものには隈 研吾建築家。1954年生。東京大学大学院工学部建築学科修了。1990年、隈研吾建築都市設計事務所設立。現在、東京大学特別教授・名誉教授。1997年「森舞台/登米町伝統芸能伝承館」で日本建築学会賞、2010年「根津美術館」で毎日芸術賞、2011年に「梼原木橋ミュージアム」で芸術選奨文部科学大臣賞受賞。近作に、サントリー美術館、浅草文化観光センター、アオーレ長岡、歌舞伎座、豊島区庁舎、ブザンソン芸術文化センター、FRACマルセイユがあり、現在、16カ国でプロジェクトが進行中。著書は『小さな建築』(岩波新書)、『自然な建築』(岩波新書)、『建築家、走る』(新潮社)、『僕の場所』(大和書房)、『広場』(淡交社)、『点・線・面』(岩波書店)、『ひとの住処』(新潮新書)、他多数。安田正介株式会社サンゲツ 代表取締役 社長執行役員1950年生まれ、東京都出身。一橋大学経済学部卒業後、三菱商事株式会社に入社。執行役員機能化学品本部長、常務執行役員中部支社長、常務執行役員、顧問を経て、2012年に株式会社サンゲツの取締役に就任。2014年、代表取締役社長。16年、代表取締役 社長執行役員。カゲトヒカリのおはなし4647

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